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2010.10.30 (Sat)

あっぱれ!!

娘の学芸会当日。
熱は下がったが声は相変わらずガラガラ。
外は台風で大荒れ。
どうなることかと思いながら体育館へ向かう。
今まで聞いた事もない超低音の声でセリフを言う娘。
その声が不思議に良く通る。
全くセリフが聞こえない子もいる中、あれだけ声が通るのは大したもんだと親バカながら思った。

帰ってから
「声すごく良く通ってたよ」
と言うと
「最初の一言を腹式呼吸でやってみたら不思議なくらい声が出たの。
やるじゃん腹式、ありがとう腹式!って思いながらやってたの。」
との事。

…お主、なかなかやるのぅ。

芝居は生バンドあり、ダンスあり、プロジェクターも駆使され
なかなか見応えがあった。

とにかく、無事に終わって良かった。
今夜は娘をたくさんたくさん褒めてあげようと思う。
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2010.10.29 (Fri)

やっぱり熱が出た!
朝お医者さんへ行く。
「明日学芸会で主役をするので先生、何とかお願いします」
「それはそれは・・・」
本当なら今日は休ませたいところだが
最後のリハーサルがあるので遅れて学校へ行き、
リハーサルが終わると帰ってきた。
声はガラガラだし、鼻水もタラタラ。
でも仕方ない。舞台に穴を開けてはいけない。
今夜は精のつくものを食べさせ、何とか明日は復活してくれることを願うばかりだ。

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2010.10.28 (Thu)

本番前の喝!!

寒いので体調管理には気をつけていたのだが
ここに来て娘が風邪をひいた。
もうすぐ学年劇の本番だというのに・・・。
「役者は体調管理も芸のうちよ!」
と、喝!を入れておいた。
人のこと言えないくせにね・・・。
まあ許せ。

小学校時代の担任の先生から電話があった。
2年前の6年生の時にやった
「輝け!きみの命」という芝居を11月に再演することになったそうだ。
これは社会科の授業で戦争と平和について調べたことをまとめ、
子どもたちが脚本を書いた創作劇だ。
芝居を0から作るというのは大変な労力がいる。
でも苦労して苦労して作りあげた作品だからこそ
特別な思いのこもった世界でひとつだけの芝居になる。
今回の再演は私も指導に行ったり、劇団から衣裳を調達したりして
少し関わらせてもらったこともありとてもうれしく思う。

このお芝居は大成功で、後に美術の先生が紙芝居を作り、
市内の保育園や幼稚園に貸し出したり
脚本を印刷して「ぜひ自由に上演してください」と配ったという後日談もある。

今回娘がやるの芝居も八王子の中学校演劇部の創作劇で戦争と平和がテーマだ。
劇団から借りているもんぺや国民服、B29や爆撃の音源は
そっくりそのまま小学校へ回すことにした。

文化の秋、

たくさんの方に演劇に触れる機会がもっともっと増えて欲しいと願っている。

そして娘の風邪が早く治りますように。
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2010.10.27 (Wed)

頑張れ新人さん

近くのコンビニに新しい店員さんが入った。
頭に白髪の混じる60代くらいの男性だ。
一見、店長さんに見える。
ズボンを引きずった如何にも今どきの20代が、
父親くらいの後輩にレジの打ち方や陳列の仕方を教えている。
新人さんはとても真面目で、
懸命に新しい仕事を覚えようとしているのが伝わってくる。

まだぎこちなさはあるけれど
私は「頑張ってください!」
の気持ちを込め、
「ありがとうございます」
と、お釣りを丁寧にもらうことにしている。
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2010.10.26 (Tue)

親バカ

「あたし、おばあちゃんに似たかったなあ」

と娘が言う。

「だっておばあちゃんに似たら、美人だったと思う。」

だと。

そりゃあ私だって出来るなら美人に生まれたかったと思う。

「今だって十分美人だよ、可愛いし。」

「それはお母さんが親バカだからだよ。」

親バカ大いに結構!

自分の子供を可愛いと思わないで、一体誰が可愛いと思うんだよ。

ねぇ・・。


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2010.10.25 (Mon)

寒い

急に寒くなりました。

体調管理にはご注意を。

早めに眠って明日も頑張ろう!
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2010.10.24 (Sun)

君がいてくれて良かった

トイレの水が溢れてます!

慌てて劇場のトイレへ走る。
ちょうど芝居の休憩中でトイレを待つ女性の列をかき分けかき分け向かうと
一カ所が完全に水で溢れていて両隣のトイレにまで水が…。
お客様にお詫びを言いながらひたすら雑巾で拭き取りバケツで絞る。
雑巾では埒があかず新聞紙を敷き詰め吸い取る。

ここで休憩が終わり、2幕が始まる。
お客様が居なくなった頃ようやく床の掃除を終えた。
ここで昭和の秘密兵器「トイレのしゅぽしゅぽ」登場!
何十回もズボズボやる。
こいつは単純構造だけどなかなか凄いやつ。
一気に詰まり解消。
全てを終えるまで30分くらい掛かったけど、とてもスッキリ
いい気分だった

汚い仕事こそ本当は大切でやり甲斐がある。
ありがとうトイレのしゅぽしゅぽ!
君がいてくれて良かった。
あまり出番がないのに掃除用具入れにスタンバイしてくれていてありがとう。
これからもよろしく頼むよ
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00:44  |  未分類  |  コメント(0)

2010.10.19 (Tue)

ありがとう

突然の訃報を受けて今夜お通夜に列席した。

同じ養成所12期生の友人。

卒業公演で「おふくろ」という芝居をしたのだが

私は娘で彼女はおふくろだった。

歳は10歳ほど彼女が上だったがいつも明るく元気いっぱいで

とても活動的な人だった。

式には彼女の大好きなサザンオールスターズの曲が流れていた。

サザンの歌ががこんなに悲しく聞こえたことはない。

肺ガンの父と認知症の母を支えながら働きづめだったしっかり者の長女。

この四年間は悪性リンパ腫という病気とも闘っていた。

何も、

何も知らなかった。

私は何もしてあげられなかった。

20年も音信不通になっていた事が悔やまれてならない。

美しい彼女の寝顔を見ながら

何度も「ごめんなさい」を言った。

青春を謳歌したあの養成所時代の1年を私は決して忘れない。

ありがとう。節子ちゃん。

本当にお疲れ様でした。ゆっくり、ゆっくり休んでね。
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2010.10.17 (Sun)

お昼寝ネコ

ご近所を歩いていたらお昼寝ネコちゃん発見。

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こんなに近づいても騒いでも微動だにせず
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スヤスヤ・・・。
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あら、結構狭いところでお休みなのね。
なかなかの大物だ・・

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2010.10.15 (Fri)

美しさ

美しさとは見た目じゃない。

中身の美しさ。

でも中身の美しさは見た目ほど分かり易くない。

中身をきちんと見抜けるのは

本当の美しさを知っている人だけだ。

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2010.10.14 (Thu)

夢千代日記

劇場ではただいま 「夢千代日記」の舞台稽古が行われています。

この作品には原作者、早坂暁さんの平和を願う思いが込められています。
この夏、「夢千代日記」公演に向けて早坂暁さんのお話を伺う機会がありました。
少しですがご紹介させていただきます。




松山で育ち、山口県防府市にあった海軍兵学校の分校に入られた早坂さん。
しかし間もなく、お前たちの乗る軍艦はないと言われました。
戦艦大和に乗りたくて海軍兵学校に入ったのに、不沈戦艦と信じていた大和が沈んでしまったのです。
追い打ちをかけるように赤痢が流行して2000人ほどが病院に収容されました。

病院で終戦を知った時は15歳。
早坂さんはこれで生きて帰れる、家族の元にに早く帰りたいと思ったそうです。

松山に帰る途中、列車待ちのため広島駅に1泊、原爆直後の風景を目の当たりにされました。
辺り一面灰色の何もない広島は本当に消滅した、死体を掘り起こし、積み上げては重油をかけて焼く様子を見て、
日本は本当に負けたんだと痛感されました。

ー私が一番心に残っているのは妹、春子さんのお話です。ー

早坂さんのお宅は遍路さんの道沿いにあり、家の前に捨てられていたのが春子さんでした。
3歳違いの二人は、淡い恋心を抱き、惹かれあっていました。
しかし春子さんは自分の生い立ちを知らないままでした。
早坂さんが海軍兵学校に行ったある日、お母さまは
春子さんに生い立ちを全て正直に話したそうです。
「もうこれからはお兄ちゃんじゃなく、春子は本当にあの子を好きになっていいんだよ。」
春子さんは思いがけないお母さまの告白にとても喜び、
早坂さんにどうしても会いたい、と防府を目指し一人汽車に乗ります。
それが8月4日。

8月5日は広島に泊まり、翌朝の臨時列車に乗ろうとしていた所まではわかっているそうです。

早坂さんはその後何度もお母さまと広島に向かい春子さんを探されました。
そのうちにお母さまの髪が抜け出し、目に見えない放射能の恐ろしさを始めて知ったそうです。
結局、春子さんの消息は今でもわからないままです。

原爆の惨事は見た人間が伝えなければならない、
そういう使命をもらったのだとご自分に言い聞かせて
早坂さんはたくさんのドラマやドキュメンタリーを作ってこられました。

「夢千代日記」はその代表的な作品です。

一面焼け野原の広島で耳にした小さな赤ちゃんの泣き声。
「ああ、こんな死の街にも、生命が誕生しているのか。
 はたして、あの子は生きていけるのだろうか。」

おそらくその赤ちゃんが夢千代誕生の原点なのでしょう。

 「夢千代日記」
前進座劇場にて10月15日より開幕。

ぜひご覧いただきたい渾身の作品です。
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2010.10.13 (Wed)

良かった。

チリの落盤事故救出、無事に進んでいるようで本当に良かった。
もし、1人きりだったら、あんな元気に生還出来ただろうか。
鉱山で働くというからには様々な理由があり、決して裕福ではないと想像する。
そんな男たちが希望を捨てず
誇り高く力強く生き抜いている姿にただただ感動する。

チリという国をあまり良くは知らないのだが
日本より人間や労働者を大切にしているように感じるのは気のせいだろうか。

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2010.10.12 (Tue)

誰も言わないけどふと思ったこと

悪いところばかりを論えばきりがない。

せめて良いところを少しずつでも見つけていきたい、

などと心がけてはいるのだが

残念ながら、そううまくはいかない事の方が多い。

そりゃ、無法者はいかんよ。

そんなことはわかってる。当たり前だ。

だけど、必要以上に悪いところばかりをあおる流れになってないか?

嫌いにさせよう、憎い敵だと植え付けよう、そう差し向けてないかい?

知らず知らずのプロパガンダが本当はとても危ない気がする。

お互いにうまくコミュニケーションを取るための知恵をつけなきゃ、

どんどん危ない方向へ行ってしまう気がする。

偉そうなことを言うつもりなど更々ないのだが

目には目を!みたいなことを続ける先に何が待っているのか

それは歴史が物語っている気がする。

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2010.10.12 (Tue)

ゆるりと

10月に入り、なんだか冴えない日が続いている。

原因はわからない。

思い当たるとすれば

お薬の量がぐっと減り、

今月から遂にお薬を飲まない処方に変わったこと。

やっと卒業かと喜んでたのになぁ・・。

まあ、焦ったところで仕方ない。

また一歩ずつ

ゆるりとやっていくことにしよう。

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2010.10.08 (Fri)

教科書に

娘の国語の教科書に私の大好きな向田邦子さんの随筆が載っていた。
ちょうど娘のテストにも出題されていたので久々に読んでみた。



字のないはがき       向田邦子
 
 死んだ父は筆まめな人であった。
 私が女学校一年で初めて親元を離れたときも、三日にあげず手紙をよこした。
当時保険会社の支店長をしていたが、一点一画もおろそかにしない大ぶりの筆で、
「向田邦子殿」
と書かれた表書きを初めて見たときは、ひどくびっくりした。
父が娘あての手紙に「殿」を使うのは当然なのだが、つい四、五日前まで、
「おい、邦子!」
と呼び捨てにされ、「ばかやろう!」の罵声やげんこつは日常のことであったから、
突然の変わりように、こそばゆいような晴れがましいような気分になったのであろう。
 文面も、折り目正しい時候のあいさつに始まり、新しい東京の社宅の間取りから、庭の植木の種類まで書いてあった。文中、私を貴女とよび、
「貴女の学力では難しい漢字もあるが、勉強になるからまめに字引を引くように。」
という訓戒も添えられていた。
 ふんどし一つで家じゅうを歩き回り、大酒を飲み、かんしゃくを起こして母や子供たちに手を上げる父の姿はどこにもなく、威厳と愛情にあふれた非の打ちどころのない父親がそこにあった。
 暴君ではあったが、反面照れ性でもあった父は、他人行儀という形でしか十三歳の娘に手紙が書けなかったのであろう。
もしかしたら、日ごろ気恥ずかしくて演じられない父親を、手紙の中でやってみたのかもしれない。
 手紙は一日に二通来ることもあり、一学期の別居期間にかなりの数になった。
私は輪ゴムで束ね、しばらく保存していたのだが、いつとはなしにどこかへいってしまった。父は六十四歳でなくなったから、この手紙のあと、かれこれ三十年付き合ったことになるが、優しい父の姿を見せたのは、この手紙の中だけである。
 この手紙もなつかしいが、最も心に残るものをといわれれば、父があて名を書き、妹が「文面」を書いた、あのはがきということになろう。

 終戦の年の四月、小学校一年の末の妹が甲府に学童疎開をすることになった。
すでに前の年の秋、同じ小学校に通っていた上の妹は疎開をしていたが、下の妹はあまりに幼く不憫だというので、両親が手放さなかったのである。ところが、三月十日の東京大空襲で、家こそ焼け残ったものの命からがらのめに遭い、このまま一家全滅するよりは、と心を決めたらしい。
 妹の出発が決まると、暗幕を垂らした暗い電灯の下で、母は当時貴重品になっていたキャラコで肌着を縫って名札を付け、父はおびただしいはがきにきちょうめんな筆で自分あてのあて名を書いた。
「元気な日はマルを書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい。」
と言ってきかせた。妹は、まだ字が書けなかった。
 あて名だけ書かれたかさ高なはがきの束をリュックサックに入れ、雑炊用のどんぶりを抱えて、妹は遠足にでも行くようにはしゃいで出かけていった。
 一週間ほどで、初めてのはがきが着いた。紙いっぱいはみ出すほどの、威勢のいい赤鉛筆の大マルである。
付き添って行った人の話では、地元婦人会が赤飯やぼた餅を振る舞って歓迎してくださったとかで、かぼちゃの茎まで食べていた東京に比べれば大マルにちがいなかった。
 ところが、次の日からマルは急激に小さくなっていった。
情けない黒鉛筆の小マルは、ついにバツに変わった。そのころ、少し離れた所に疎開していた上の妹が、下の妹に会いに行った。
 下の妹は、校舎の壁に寄り掛かって梅干しのたねをしゃぶっていたが、姉の姿を見ると、たねをぺっと吐き出して泣いたそうな。
 まもなくバツのはがきも来なくなった。三月目に母が迎えに行ったとき、百日ぜきをわずらっていた妹は、しらみだらけの頭で三畳の布団部屋に寝かされていたという。
 妹が帰ってくる日、私と弟は家庭菜園のかぼちゃを全部収穫した。小さいのに手をつけるとしかる父も、この日は何も言わなかった。私と弟は、ひと抱えもある大物からてのひらに載るうらなりまで、二十数個のかぼちゃを一列に客間に並べた。これぐらいしか妹を喜ばせる方法がなかったのだ。
 夜遅く、出窓で見張っていた弟が、
「帰ってきたよ!」
と叫んだ。茶の間に座っていた父は、はだしで表へ飛び出した。
防火用水桶の前で、やせた妹の肩を抱き、声を上げて泣いた。
私は父が、大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た。
 あれから三十一年。父はなくなり、妹も当時の父に近い年になった。
だが、あの字のないはがきは、だれがどこにしまったのかそれともなくなったのか、私は一度も見ていない。
 

                           (平成18年版 中学校『国語2』 光村図書出版)


・・・やっぱり涙が出ちゃいます。


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2010.10.07 (Thu)

捨て子

夜中に

ものすごい赤ちゃんの泣き声。

置手紙を入れた籠に寝かされ、遠ざかる母を呼んで必死に泣いている・・・・

すわ、これは今すぐ助けに行かねば!

と思い、外に出たけど

やっぱり野良ネコだった・・・。

おい、ノラや

どうしてこんなに淋しそうに泣くんだ・・・。


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2010.10.06 (Wed)

元気の素

この数日体調崩していましたがようやく少しだけ復活してきました。
心配かけてごめんなさい。090917_1239~0001
彼岸花咲きました!

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2010.10.04 (Mon)

ダメダメな月曜日

朝から冷たく降る雨のせいか

疲れの抜けない週明けのせいか

何をやってもダメダメな月曜日。

スタートからこんなんじゃダメじゃん!

原因は・・・わからない。

すみません。あたし低気圧にとっても弱いんです。
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2010.10.03 (Sun)

キュンとくるね



懐かしくて、切なくてキュンとくるCM・・・。

だから12月のクリスマスシーズンは私あんまり好きじゃないです。

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2010.10.02 (Sat)

戦場カメラマン渡部陽一さん

戦場カメラマンの渡部さんのことが気になっている。
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イラク戦争の時、

「この人、すごいレポートするなあ」

と思っていた。

最近、テレビの露出が多いからか

強烈なキャラクターのせいか夢にまで出てきた。

戦場カメラマンの渡部さんと夫婦喧嘩している夢だった。

私はひどく怒っていて渡部さんはすごく謝っていた。

多分、「そんな危ないところへ行かないで!」と言っていたと思う。

私にはボクサーや、登山家、冒険家の妻は勤まらない。

まして、戦場へ送り出すなんて絶対に出来ない。

この世から争い事がなくなって、兵士も戦場もなくなることを心から願う。

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2010.10.02 (Sat)

ジェニーちゃん廻る

[高画質で再生]


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前進座劇場は廻り舞台のある劇場です!!
あなたも前進座劇場の舞台で廻ってみませんか?

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2010.10.01 (Fri)

ため息ついたっていいやん

疲れてませんか?

ちゃんと自分の時間を持ててますか?
本当に頑張っている人は
「疲れた-」
ってなかなか言えないものです。

ため息?我慢しないで
いっぱい いーーっぱいつきましょう。
その分いっぱい新しい空気が吸えます。

愚痴をこぼし
イライラをどんどん吐き出して
思いっきり好きな事をしましょう。

それでも
本当にダメになりそうな時は
誰かに
「辛いよー」
「寂しいよ-」
「助けて-」
ってSOSを発信しましょう。

一人ではどうにもならないことも
誰かと一緒なら何とかなるものです。

大丈夫 大丈夫!!
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